こんにちは。
中島梨英です。
先日、上野の国立科学博物館へ中南米三大文明「インカ・マヤ・アステカ」展を観に行ってまいりました!
私の記事の中で、中南米の映画のネタがちらほら登場することから、私の中南米へ馳せる思いにお気づきの方もいらっしゃると思います(笑)
今回の「インカ・マヤ・アステカ」展は、私の南米へ旅行したい!という思いをさらに強くしました。
さてさて、まずは歴史の復習です(笑)
それぞれの文明がどういうものだったかを覚えてますか??
■マヤ文明
中米のユカタン半島を中心に紀元前3世紀ころから16世紀にスペインに征服されるまで約2000年にもわたって栄え続けた文明。小さな都市国家が合従連衡と興亡を繰り返し、統一されることはなかった。
マヤの人々は高度な建築技術や暦、複雑で独特の絵文字を持つ一方、鉄器などの金属器や車輪、牛や馬などの家畜を持っていなかった。
意外と知られていないが、、ジャングルの中に数々のピラミッド(神殿の役割だったと言われる)が残っており、世界遺産となっている。
■アステカ文明
アステカ14世紀から16世紀に現在のメキシコ中央部に栄え、首都のテノチティトラン(現在のメキシコシティー)は湖に浮かぶ島の上に築かれ、当時の世界有数の規模を誇る都市であった。
人々は独自の絵文字を持ち、精密な天体観測を基につくられた暦を使用していた。
一方、太陽神をはじめとする様々な神々を信仰し、生きた人間の心臓を神に捧げる生贄(いけにえ)の儀式がさかんに行われた。
■インカ文明
インカは現在のペルーを中心に興った巨大な帝国で、80の民族をわずか50年で統一した。
首都クスコを起点に、海抜0メートルの灼熱の砂漠から6000メートルの極寒のアンデス山脈まで、「インカ道」と呼ばれる通行路が国中に張り巡らされていた。だがインカの人は文字を持たなかったため、今日に残っている記録は少ない。
インカの第9代王が築いたといわれる天空の都市、マチュピチュ。この都市は1911年アメリカの歴史家ビンガムによって発見されたときには永い間放置された無人の街であった。
本展覧会では、各文明でどのような文化が築かれたのか、また当時の人々の信仰や儀礼を紹介しています。
私が一番驚いたのは、インカのミイラ信仰です。
インカ帝国の王や王妃も死後ミイラに加工され、ミイラとなった王たちは、生前と同じように王宮に住み、食事を与えられ、召使にかしずかれて過ごしたそうです。
南米の乾燥した気候では、自然とミイラ化していたため、このような「死」に対する考え方が生まれたようです。
非常に保存状態がよいミイラが複数点、展示されておりました。
ちょっとドキドキしました・・・。
9月24日まで上野の国立科学博物館にて開催中。

























