働く男の美容十番勝負】最新版の自己の美を享受しよう/第38週(金曜担当/箱石克好)

2013.01.18

『何を選んできたか?』が今の姿形に顕れている


美しい人ってどういう人なのか、ぼんやり考える機会が多かった昨今。それは多分、自分自身が40代を間近にし、外的・内的に変化を迎えるようになったからというのと、それをきっかけに美容サイボーグに変身していく人をたくさん見る機会が増えたからだと思う。そんな折、

時折、街中でふと遭遇するイキな大人に目を奪われる。『わ、なんて素敵なんだ!』と思うとき、圧倒的にその場合、年齢が私より上の方だ。好き放題に飽食をしていない、バランスの取れた生活を思わせる肢体にすっきりとした装い、過剰な装飾ではなく
シンプルな仕立てのよいものを選び、小物づかいがアクセントになっている。

ダイナミックな笑い皺に、ビターな思考の歳月の片鱗である眉間に刻印された皺すらゴージャスだ。自分の人生すべてを受け入れて知己の仲間と生の愉楽を享受している。ふくよかな方でもそうだ。幸福のオーラをまとい、接する人をハッピーな気分にさせてしまう豊かな肢体に、それを引き立てる鮮やかなカラーリングの装飾。

いずれも共通しているのは背筋が伸びていること。両の足がしっかりと大地をつかんでいるイメージがするのだ。物理的には体幹がしっかりし通っている感じもするし、情緒的には他者評価に左右されない自己の軸を持っている感じもするし、要するに自律している大人である。


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そうしたイキな大人の男女たちに心奪われながら改めて日常を考えると、意外にもそこからかけ離れた努力に奔走してたりして我ながらハッとすることがある。今まで存在しなかった場所に微妙なたるみを気にしてあくせく化粧品や美容機器つかってみたり
とかく『人からどう見えるか?』の目線で装飾してみたり。


自己満足の指標をどこに置くのか


美容ってほんと、自己満足の闘いではあると感じる。

テレビの通販CM見てるとほんと実感するんだけど一般人(仕込みは勿論)が『これ飲んで、ほんと変わりました』とか『これがないとどうなってしまうんだろうと感じます』とか商品効果に対する満足度を大いに熱意込めて語るんだけどまったくの情を介さない他人から見るとその絶大なコメントに推移した美ではない。ただひたすらに自分自身が以前の自分と比較して感じていることだけが効果という発信につながっている。

自分がとっても自分に満足してるんだからいいんじゃないのかなって世界が美容なんだとつくづく感じさせてくれる。

要するに人って、第三者って、『頬を圧して戻ってくる時間が短くなった』とか、そこまで見てないしそこまで見てたとしても大事じゃないってこと。そこだけにとらわれて年相応の美の世界を知らず、かつての自己と比較することに拘泥した美はなんか寒々しい。

年相応に老けていくことが、こわくない自分でいたいと改めて思う。若づくりはしてないつもりだけど、美しく老いていきたいといつも思っていられる自分になりたい。それが最新の自分なりの美容論のテーマだと思う。

年とともに失われるものがあるなら、それを理解したうえで生活を変えたい。

部活を引退しても当時と同じくらいエネルギーをとっていればそらー太ります、の世界と同じで代謝が落ちたならそれを理解した食と生活を、ホルモン変化や内的変化のさまざまも、補うことに血眼になるだけじゃなくて、受け入れて何を、どう変化させていくとその年にふさわしいライフスタイルになってシャープに磨かれていくのか、その考察をもっと深めたいと思うのだ。

生きてきた知恵が、もっと美しくなることを教える


アラフォー男女ならみんな感じていると思うのだけど、かつてよりもオシャレがうまくなった、メイクがうまくなった、自分の似合うものと好きなものが必ずしも同じでないことを知った、だから時と場合に合わせて似合うものを選ぶのか、似合わないのを知りながら今日はあえて好きなものを選んでみたい気分ならそれを優先すればいい。

そういう選択ができるようになった今が、実は自分史上一番きれいなのではないか。

それはたぶん、不安訴求から来る日ごろの努力以上に年齢がくれたギフトだ。

老いることが恐怖でない社会にしか成熟した大人は生まれない。社会が国が成熟していくためには老いを豊かに受け止める文化がもっと大切だと思うのだ。

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