はじめての能〜演目「弱法師」

2013.11.21

白翔會は、能楽師・坂井音重師の芸術活動の後援を目的として活動している団体です。

日本の大切な伝統文化である『能』を少しでも多くの方に知ってもらうため、
毎週、ひとつずつ能の演目を紹介して参ります。

◆能【弱法師

〜物語〜

左衛門尉通俊は、ある人の讒言によって我が子・俊徳丸を捨ててしまったことを悔やみ、天王寺で施しを行います。そこへ杖を突きながら現れたのは、「弱法師」とあだなされる盲目の青年、俊徳丸。折りしも彼岸の中日、施しの人々に連なる弱法師の袖に、満開の梅の花びらが芳香を放って散りかかります。施しを受けた弱法師は、仏の慈悲を讃え、天王寺縁起を語り、乞われるままに日想観を拝みます。心に焼きついた須麿明石難波の浦の景色を今も見えるかのように、ありありと心に描きつつ、彷徨い歩くのですが、参詣の人々にぶつかり、ふと現実に戻され、我が身を恥じます。やがて通俊は、弱法師に父と名乗り、二人は連れ立って高安の里へ帰って行きます。

〜舞台展開〜 

ワキ(左衛門尉通俊)が登場して、我が子を捨ててしまったことを悔い、天王寺で施行をする由を述べます。一声(登場の囃子)で、シテ(俊徳丸)が杖を突いて現れ、盲目となった境涯を嘆きます。天王寺に参ろうと歩みを進め、舞台に入り、シテ柱に杖をコツリと当て、「天王寺の石の鳥居ここなれや」のくだりは印象的な型です。

 

弱法師は左袖を広げ、施しを受けた後、舞台中央に座って天王寺の縁起を語ります。通俊は弱法師が我が子と気づきますが、人目をはばかって名乗らず、日想観を勧めます。弱法師は、幕の方に向かって手を合わせ、やがて心に残る難波の美景を心眼で眺めつつ、杖を頼りに彷徨うちに、往来の人に突き当たって転び、左袖で顔を隠して恥じ入ります。通俊が父と名乗ると、弱法師は姿を隠そうとしますが、引き止められ、共に高安の里へ帰ります。

 

 

〜鑑賞〜 

弱法師は盲人であるため、杖にすがって闇の中を歩いています。心の中にも闇(親に捨てられた悲しみや、恨み)を抱えています。しかし梅の香を聞き、日想観を拝み、心に焼きついた難波の景色を見て、「萬目青山は心にあり(目に見える風景は、全て心に映じる)」と言う弱法師。弱法師の心の闇と光が、この能の見所です。

(白翔會)

媒体資料