花男な生活~9月の花・のトリビア2

2014.09.28

今から150年前に来日したイギリスの学者がおどろいたこと、
それは日本人がみな花好きであること!

花や緑を愛する心は、大名から町人、農民まで身分をこえて大切にされてました。
しかも、古来、花を生けていたのは男子がメインだって知っていました?

ここでは、季節の花にまつわるちょっとした話や風習、また簡単な生け方の技術などを
わかりやすく書き、道ばたの小さな花に足を止められるような
ステキな花男になってもらえたら......と思います。   紅炎

【第30回目】
~9月の花、彼岸花2~

日本の歴史や文化に花はつねに隣にいます。
歴史好きな女子、歴女など、花を歴史から覚えるのも面白いと思います。
花の歴史や逸話など好きな男子
花男......こんな言葉が流行ればよいですが......。


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今年も彼岸のころに
いっせいに咲き乱れました!
そして巾着田にもいってきました!
年々車が多くなり、渋滞もおきますが、
やはり見頃の巾着田はすばらしかったです

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さて
「死人花」「墓場花」などあまりありがたくない名前を
沢山もつ「彼岸花」ですが、
その昔は飢饉食としての役割があったそうです。
球根をすって、さらして、乾燥させてデンプンにして保存食にしたそうです。
飢饉のさいには大切な役割をしていたんですね!
しかし
江戸時代になり「さつまいも」が飢饉食となり
手間のかかる「彼岸花」はその役割を
畑のねずみよけやお墓のなずみよけのみとなりました。
それでも
薬での駆除以前は、大切に増やされました。
種をつけない「彼岸花」は、人間の手によって広がっていったのですね。
今は
観光資源として大事に広げられています。
そして見事に美しく私たちを楽しませてくれてくれています。

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赤い「彼岸花」が多くみられますが
白い「彼岸花」もこのところよくみかけられます、
とくに
鎌倉では、白い「彼岸花」がおおくみられます。
とくに、北条家があったところの
「宝戒寺」では白萩と白い「彼岸花」がみごとに咲いていました。
源氏は白旗
白い「彼岸花」をあえて多くしているのでしょうね


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