オトコに見せたいこの映画『ノルウェイの森』#movie /第4週(火曜担当/松村 知恵美)

2010.12.07

1987年に刊行された村上春樹の小説「ノルウェイの森」

日本国内の累計発行部数が1044部数を記録し、現在までに36言語に翻訳されて世界で読まれているこの作品が、発行後23年を経て、いよいよ映画化されました。

監督はフランス系ベトナム人監督のトラン・アン・ユン。
『青いパパイヤの香り』『夏至』などの、抒情的で美しい映像で知られる監督です。
1994年にフランスでこの小説が翻訳されて以来、監督自身がこの作品の映画化を望んでおり、そしてこの映画化が実現したそう。

この、トラン・アン・ユンという、日本語を母国語とせず、舞台となった1960年代をじかに知らない人が監督したことによって、この作品はより原作に近づいたのではないかと思います。
日本人が監督していたら、あの原作そのままの、日本語としては不自然な翻訳調の会話のやりとりを、映画として成り立たせることはできなかったのではないかと思います。
さらに、日本人の監督では(それが例えどの年代の日本人であっても)、自分の持っている"1960年代のイメージ"が邪魔をして、ここまで1960年代の空気を色濃く反映した作品は作れなかったのではないでしょうか...。

1960年代後半の日本を舞台にしたこの作品。
現代の私たちから見るとちょっと垢ぬけない感じのファッションやインテリアは、その時代の匂いを忠実に再現しています。

主人公のワタナベは二人部屋の学生寮で暮らし、レコード店でアルバイトをしています。
大学では学生運動の嵐が吹き荒れており、授業が中断されたりもします。
1960年代を生きる大学生・ワタナベは、今の学生よりもモノは持っていませんが、文学やジャズに親しみ、なんだか文化的です。

そんなワタナベの着ているサイケデリックな柄のシャツや、ハイウエスト気味のズボン、不思議少女・緑のツイッギーのようなワンピースに、ワタナベの恋人・直子の整えていないボサボサ眉毛は、いかにも60~70年代的。
こっそり登場する、細野晴臣や高橋幸宏、糸井重里などの、劇中のワタナベや村上春樹本人と同世代であろうメンバーからも、時代の匂いを感じます。

その1960年代後半の空気の中で、ワタナベはジャズを聞き、酒を飲み、緑と会話を交わすのです。

しかしこの作品からは、1960年代の匂いだけではなく、古くから連綿と続く、普遍的な"自然"の姿も強烈にあふれています。
かつて恋人を自殺で失った直子は、この自然の中で、苦しみ、その痛みをワタナベにぶつけます。
この自然の中で、ワタナベは直子を受け止め、直子を失ったことを悲しむのです。


高度経済成長も終わっておらず、学生たちは「自分たちが世界を変えられる」と信じて運動にいそしみ、ジャズや海外文学といった新しいカルチャーが次々と入って来た"まだ何も失っていない時代"である1960年代。

その1960年代に、「自分だけが大切なものを失ってしまった」と感じ、苦しむ直子は、自然の中で暮らしながら、生と死のはざまで揺れ動きます。
そしてワタナベは、直子を支え、愛そうとしながらも、その大きな喪失感を埋められず、都会で暮らす料理上手な不思議少女・緑の"生"に惹かれていくのです。


「ノルウェイの森」の小説を読んだ時、私は自分自身が経験していないゆえに、1960年代に蔓延していた空気というものがわかりませんでした。
でも、この映画を観て、1960年代にワタナベが感じていた空気というものがやっと理解でき、この作品の内容がやっとちょっとわかって来たような気がします。

オイルショック後に生まれ、学生運動なんかやっても何も変わらないと知っている"既に喪失している時代"に生まれた私たちは、直子の苦しみを感じることもなければ、ワタナベのように"人を愛さなければならない"という義務感のようなものを感じることもないのでしょう。


ちょっとダサくもあり、でも現代よりもずっと先鋭的でもある、1960年代を舞台にしたこの映画『ノルウェイの森』

1960年代の空気と、その時代のカルチャーを感じられるこの作品、私はけっこう好きでした。
というか、観ている時はむしろ面白くなかったのですが、不思議なことに、後になって思い返せば思い返すほど、すごい名作だと思えてきました。

村上春樹を好きな人も嫌いな人も、観ておくべき一作だと思います。


『ノルウェイの森』(133分/日本/2010年)
英題:NORWEGIAN WOOD
公開:2010年12月11日
配給:東宝
劇場:全国東宝系にて


<STORY>
高校生の時に親友のキズキを自殺で失ったワタナベ。東京の大学に進学したワタナベは、キズキの幼なじみで恋人だった少女・直子と出会う。しばらくはただ会って東京の街を散歩するだけだったワタナベと直子だが、直子の20歳の誕生日に一夜を共にする。その後、直子はワタナベの前から姿を消し、やがて京都の療養所に入院してしまう。その頃、ワタナベは不思議な魅力を持つ少女・緑と出会う。ワタナベは直子に会いに行きつつも、東京では緑と会い、他愛もない会話を続けていた...。

原作:村上春樹
監督・脚本:トラン・アン・ユン
出演:松山ケンイチ/菊地凛子/水原希子/高良健吾/玉山鉄二/霧島れいか/柄本時生/初音映莉子


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