【火曜】狂言は親しみやすい古典芸術/第51週

2006.02.14

こんにちは。
火曜担当中島梨英です。

本日はバレンタインデーですね♪
先日お買い物にいって、見つけたかわいいチョコレート。
Patisserie Sadaharu AOKI Parisのトランシュ・オランジュ。
輪切りのオレンジピールに半分チョコレートをかけたもの。
さっぱりおいしくて、とまりません。
いろんなチョコレートがお店に並ぶのがうれしい季節です。

本日は、先週に引き続き、狂言のご紹介。
狂言ってどんなもの?かご説明いたします。
ムズカシイ?かと思いきや、笑いの世界なので分かりやすくて、おもしろいんですよ。

まず、能と狂言。
これらはセットで上演されることが多いのです。
能と狂言はほぼセットで考えていただければよいかと思います。

でも、内容は対照的。

能は、主人公のほとんどが幽霊で、すでに完結した人生を物語っています。時代や国によっても変わることない人間の本質や情念を描こうとしているのです。また、ギリギリまで省略された1つの動きの中にはいくつもの内容が込められ、一見無表情な能面には幾通りもの表情が隠されているのです。

それに対して、狂言は能の幽玄の世界から笑いの世界へと観客の心をリラックスさせて導きます。登場人物は能と違って貴族や歴史上の人物ではなく、底抜けに明るい太郎冠者を主とした親しみやすいキャラクターで、当時を描いた笑いには現代に通じるものがあります。その頃の日常的な話し言葉を使っているので内容もわかりやすく、能と共に歩んだ長い歴史のなかで洗練された「笑いの芸術」といわれています。

私が昨年観た「狂言劇場 その弐」では、太郎冠者がお供えのお酒を飲んで、酔っ払い、鏡の向こうの世界とこちらの世界が入れ替わってしまうというそんなお話。
太郎冠者と鏡冠者の酔っ払った動きがなんともこっけいでありつつ、ぷぷっと笑っちゃいます。でも、最後の演出は、ちょっと恐ろしい余韻を残す作品でした。


また、能というと能面。狂言では、素顔が一般的。
これは、能の多くが過去の世界を扱うのに対し、狂言は当世つまり現実社会の人々が登場人物なので素顔で舞台に立つのが一般的です。神・鬼・精霊・老人・動物等で種類も少なく基本的なものは20種類ほどで喜怒哀楽の表情が豊かです。


狂言は言葉もわかりやすく、笑いありの非常に親しみやすい古典芸術、ってことは伝わりましたでしょうか?
少しでも興味が沸いてくださったら、うれしいです。

それでは、また来週。

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